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聴潮閣高橋記念館


別府現代芸術フェスティバル2009「混浴温泉世界」は6月14日をもって閉幕いたしました。同時にフェスティバル期間中「水のなかの水彩画アトリエ」の会場であった「聴潮閣高橋記念館」の開館時間が変わります。詳細は下記の通りです。



公開時間   :11時〜16時
開館日    :土、日、祝日(ただし元旦は休館)
入館料    :300円(珈琲付き600円)
お問い合わせ先:0977−22−0008 

*またカフェのみの利用も可能です。

聴潮閣の玄関


正面玄関は、車寄せが前方に大きく突き出て、門を入ると堂々たる2間間口の式台付玄関が迎えてくれる。
かつて武家にしか許されなかった最も格式の高い構えである。正面棟の鬼瓦には一富士二波、三紅葉が浮き彫りされており聴潮閣と名付けられたこの建物への建て主の願いがこめられている。



「式台玄関」とは?

江戸中期、武家でも旗本以上の屋敷にしか、許されませんでした。一般農家では由緒ある名主・庄屋は藩・天領地の末端組織的役割・機能をもっていたので式台のある玄関がみとめられていました。現代の和風建築の玄関と異なる点は土間から30センチ位の高さに間口二間~三間、奥行き半間の立派な材料で仕上げた板の間風の部分が「式台」といい、その先少し上段に上り框(舞良戸用の敷居)から玄関の間を経て来客身分によって使う座敷が変わり案内します。屋敷周囲は長屋門、棟門・築地塀など厳重に囲まれているので今の玄関のような鍵付き玄関戸・扉はなくオープンで、領主や役人が「おなり」の場合にしか使わない玄関ですから「駕籠」が式台に直接横付けされるようにもなっています。家族や同格以下の来客は「くぐり戸から内玄関・大戸口・土間」など利用されました。 

聴潮閣の廊下


サルキスの作品展示会場でもある聴潮閣のニ階の客間は、七畳半、十畳、十畳の三部屋の続きの座敷で、奥の十畳の間には壁面いっぱいに床、違い棚、付け書院が取り付けられてある。

そしてその座敷の東西に廊下が付いている。二列付いているのは珍しく、西側は移動のため、東側は、ベランダ的な役割と思われる。

私は東側の廊下が大好きです。

聴潮閣の応接間


玄関棟の左手から正面前方に突き出した洋館。外観は陸屋根状につくり,内部はアールデコ調の2室の続き間として,大理石のマントルピース,ベイウィンドー,ステンドグラスの窓など洋風インテリアの主要要素を備える。大工棟梁は主屋とも平野介治と伝える。


浜脇にあったころの応接間

青山に移築後の応接間



玄関棟の左手から正面前方に突き出した洋館


小川三知のステンドグラス

聴潮閣の猫間障子


「猫間障子」と「雪見障子」の違いって??

障子の下半分がガラスになっているものは「雪見障子」.ガラス部分に可動式の障子がついているのを猫間障子」と呼ぶそうです。

もっと細かく言えば、一部に透明ガラスが入っているもの全般を俗に「雪見障子」といい,障子の下半分が上下に動くものを「摺上げ障子」, 左右に移動する小障子を入れたものが「猫間障子」というようです。

ガラスなんてほとんどなかった江戸時代「猫間障子」の小障子(動く部分)には本来はガラスがなく、この小さな開口部からネコが出入りしていたことから「猫間」と呼ばれるようになったそうな

まあ、そんなことはさておき猫間障子からみえる新緑の紅葉は御見事です。

台湾ヒノキ


聴潮閣の主屋は台湾ヒノキ等の高級材を用いた木造2階建て入母屋造の近代和風建築です。

特に2階の天井は、台湾ヒノキ(幅80センチ、長さ790センチ)の1枚板で造られている。
また階段も通常の幅の2倍弱もあり、天井同様に台湾ヒノキの1枚板。
施主自ら、台湾に赴き、丸太のまま購入し、地元で製材し、ぬか袋でみがいたという。(ぬか袋で磨くと木目がわだち、つやがでる)

ヒノキのいのち(耐用年数)は管理が充分であれば、50年や100年の若木でも300年は大丈夫であり、樹齢1000年以上のものとなれば2000年はもつのだそうです。

聴潮閣は、日本建築の粋を極めた、まさに繁栄別府の象徴ですね。

聴潮閣の板ガラス


昭和4年に建てられた聴潮閣の創建当時のままの窓ガラスには、少々歪みのある機械吹円筒法による板ガラスが使用されています。

昭和初期の雰囲気を残すレトロな窓ガラス越しに、新緑の景色をぼんやり眺めたり、本を読んだり、寝転んでみたり
気持ち良さそうだな〜

*窓ガラスの歴史はこちらを参照下さい。今では当たり前の窓ガラスも長い長い歴史があるのですね。

聴潮閣の歴史



明治、大正、昭和と華やかな時代の別府を知りたい方は、ぜひ「懐かしの別府ものがたり」を御読み下さい。

街歩きが楽しくなりますよ。

*写真は浜脇にあったころの聴潮閣です。

日本初のステンドグラス作家 小川三知

この写真は、聴潮閣高橋記念館のお風呂場に展示されているステンドグラスです。

元海岸近くにあったからであろうか、魚をモチーフにした繊細で日本画的な小川三知のステンドグラス。

明治の黎明期が明け、まさに大正ロマンが芽生える時代。
日本全国の西洋館を独自のステンドグラスで飾り、ゆるぎなき大正ロマンを築いた小川三知。

こんな素敵なステンドグラスを眺めながら、湯船につかりたいものですね。


聴潮閣高橋記念館


現在「水のなかの水彩画」アトリエの会場になってる聴潮閣高橋記念館は、昭和4年(1929年)、大分県政財界の第一人者であった高橋欽哉が、大分県別府市に住居兼迎賓館として建てた近代和風建築です。大正から昭和初期にかけて、温泉観光都市別府にはモダンでハイカラな公共建造物や、別荘、私邸が数多く建てられました。

しかし残念ながら、別府は戦災を免れたにもかかわらず、その多くは保存されることなく失われてきました。それでも別府には当時の建築文化を偲ばせる建物がいくつか残っています。

その中で現在、住宅として使われていた近代化遺産というべき建物で一般公開されているものは「聴潮閣高橋記念館」のみです。ぜひ、この機会にお越し下さい。